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公文書改ざんという悪質なファウル [社会問題]


 野球やサッカーの試合中、ファウルラインやゴールラインの白線が、一方の側に有利になるように、それまでと違う位置へ描き換えられる光景を見たことがあるだろうか。
 そんなことを許す審判がいたら、すぐに永久追放を宣告されるだろう。そして、有利な側に金を賭けている人間を別にすれば、観客も怒ってスタジアムから立ち去るだろう。
 スポーツの世界では、ルールの公平さと審判の公平さが、すべての前提になっている。選手やチームが誰であれ、同じルールが適用され、同じ基準で審判の判定がくだる。
 民主主義国における政治も同じで、首相や政権与党が誰であれ、同じルールが適用され、同じ基準で審判(権力監視のメディアと国民)の判定がくだる。「やっていいことと悪いこと」の線引きは、時の権力者が何者であっても、描き換えられることはない。

 しかし、民主主義が壊れて、政治が時の権力者に私物化された国では、話が別だ。そんな国では、トップに立つ権力者の都合に合わせて、「やっていいことと悪いこと」の境界を示す白線が、いつのまにか描き換えられる。さっきまでは「ファウル」と判定されていたボールが、いきなり「フェア」と判定される。そして、審判は何事もなかったような表情で、そのまま試合を続けさせる。常識が通用しない、薄気味の悪い光景だ。
 おそろしいのは、民主主義が壊れた国、政治が時の権力者に私物化された国では、そんな異常な事態に馴れてしまい、感覚がマヒして、それを異常だと気づかなくなることだ。清流に住む魚は、水が濁ると死んでしまうが、汚れた水に馴れた魚は、水が多少濁っても生き続ける。そこで暮らすうちに、さらに汚濁への耐性がついてしまう。

 こうして、政治の腐敗はエスカレートしていく。権力監視のメディアと国民のくだす判定も、勝手に描き換えられた白線を基準にする既成事実ができてしまう。そんな甘い環境に乗じて、権力者はフェアとファウルを決める白線だけでなく、セーフとアウトの判定も自分に有利な形で下せと、審判に要求する。俺に従えば得をするぞ、と言いながら。

 テレビアニメ化されて人気を博した、田中芳樹の長編SF小説『銀河英雄伝説』のアニメ版第24話で、主要キャラクターの一人ヤン・ウェンリーは、こんな科白を口にした。
「政治の腐敗とは、政治家が賄賂を取ることじゃない。それは政治家個人の腐敗であるにすぎない。政治家が賄賂を取ってもそれを批判できない状態を、政治の腐敗と言うんだ」
 政治の腐敗とは、個々の政治家の悪事にとどまらず、それを許してしまう周囲の環境をも含めた、広い概念である。政治家が悪質なルール違反を犯した時、それを正しく批判して、必要なら「退場」を宣告することが、政治の腐敗を防ぐただ一つの道である。

 いま日本の国会は、過去に前例のない悪質な「ファウル」をめぐって、紛糾している。
 官庁が国会に提出した公文書が、時の権力者に都合のいいような形に「改竄」されていたという。本来、公平無私な国民への奉仕者であるべき国家公務員が、特定の政治権力者に奉仕するような形で、フェアとファウルを決める白線をこっそり描き換えた上、それを裏付ける公文書の内容まで、国会提出用のコピーでは書き換えていたという。
 もしこれが許されるなら、国会という議会制度のシステムは崩壊する。民主主義が壊れた国、政治が時の権力者に私物化された国では、そんな議会の形骸化も珍しくないが、日本の政治はまだそこまでは腐敗していないだろうと、多くの国民は思っていた。小さな腐敗に馴れて、社会の水が少しずつ汚れていくのを知りながら、我慢してきた。

 この程度の腐敗なら、我慢しよう。その態度が、より深刻な次のレベルの腐敗にゴーサインを与える。腐敗の黙認が、腐敗の悪化を許す原動力になる。そうして権力者の腐敗を甘やかしてきた結果が、国家公務員による公文書の改竄という異常事態だが、まだこれが底を打ったということではない。これを許せば、さらに次の段階の腐敗へと進む。

 国有資産の譲渡に関する公的記録を、長期にわたって保存しなくてはならない理由は、そこに不正がなかったという事実を立証するためであり、積極的に廃棄すべき理由など存在しない。「不正がなかったことを証明する記録」が存在しないなら、そこに不正があったという前提で、事態に対処しなくてはならない。
「不正の証拠」が無いから潔白だ、というのは、大きな誤解や錯覚であり、「不正がない証拠」を国民に提示できないなら、それに関与した疑いのある政治家は全員、首相や大臣を辞任するのが本来の筋である。
 スタジアムの白線を描き換える行為を、審判はこれ以上、許してはならない。


(初出・『GQ』コンデナスト・ジャパン、2018年5月号掲載)

(c)2018, Masahiro Yamazaki. All Rights Reserved.

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