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より大胆で痛快なウソが勝者となる時代    [社会問題]

 
 
 2017年1月20日、ドナルド・トランプ新米国大統領の就任式がワシントンDCで行われ、世界は以前にも増して、先の読めない時代へと突入した。
 自分の利益になると思えば、いいかげんなウソや憶測でも堂々と放言してしまう。漫画から抜け出したような強烈なキャラクターと行動原理を、大統領就任後もいっこうに改めないトランプ大統領は、公的な場所での立ち居振る舞いに注意を払い、落ち着いた知性や見識に価値を認めていた歴代のホワイトハウスの主とはまったく異質な存在といえる。
 ただし、多くの日本人は、彼の粗暴な言動を見ても、さほど驚きはしなかったはずだ。日本ではもう十年以上も前から、同じようなタイプの地方首長や国会議員がメディアでもてはやされてきた。差別的な暴言を吐いても「誰々節炸裂」と娯楽的におもしろおかしく処理され、大衆レベルでも「誰も言わない本音をよくぞ言った」と人気を博した。
 そんな日本のメディアとは対照的に、今のところアメリカのメディアはトランプ大統領の暴言やウソに迎合せず、あくまで歴代大統領に求めてきたのと同様の知性や見識のレベルで大統領を評価し、事実と異なるウソは徹底的に追及する姿勢を見せている。そして、自分の持つ社会的な影響力を自覚しているセレブ(俳優などの著名人)も、民主主義の社会を構成する市民の視点から、トランプ大統領の「暴走」に警鐘を鳴らしている。

 大統領就任式から12日前の1月8日、女優のメリル・ストリープは、ゴールデングローブ賞の授賞式でスピーチを行ったが、そこで語られた内容に対するトランプの反応は、今のアメリカ社会が直面する深刻な「コミュニケーション上の断絶」を浮き彫りにした。
 彼女はこのスピーチで、トランプの名を敢えて伏せ、特定の公的地位にある人物の振る舞いと、それが社会に及ぼす悪影響に光を当て、次のように問題点を指摘した。
「誰かに屈辱的なことをする。公の場で権力を持っている人がそのような行為をした時、他の全ての人たちの人生にも影響を及ぼします。他の人たちも、そういうことをしてもいいのだと、お墨付きを与えることになるからです」
 一読してわかるように、ストリープは「トランプ個人」を攻撃したわけではなく、権力者が公的な場所でとるべきでない行動や態度を、一般論として問題視している。ある対象への批判を行う上で、きわめて論理的でまっとうなやり方だ。ところが、これを知ったトランプは翌9日にツイッターで反論し、ストリープを「ハリウッドで最も過大評価されている女優」と侮辱した。彼は、相手が提示した論点をまったく理解せず、ただ相手が自分を攻撃していると理解し、主観的な悪口の言い返しでこれに対応した。
 過去の歴代大統領なら、おそらく「彼女は偉大な女優だが、今回の指摘に関しては…」と、一応相手に敬意を表しつつ、論理で批判に対応していただろうが、トランプはそんな手法にはなんの価値も認めない。これが、アメリカの新しい大統領の流儀だ。

 おもしろいのは、2015年8月に映画雑誌のインタビューに答えたトランプは、好きな女優としてジュリア・ロバーツとメリル・ストリープの2人を挙げ、ストリープは「素晴らしい女優で、人間としても立派だよ」とベタ褒めしていたことだ。最大限に実力を認めていた女優でも、自分に刃向かうとなったら一転して「最も過大評価されている女優」と罵倒する。この事例は、この手の人物の思考や行動の原理を知る上でヒントになる。
 彼らは、人間を「敵か味方か」でしか判別しない。自分に従わずに刃向かう人間は、敵として排撃の対象となる。そして、この「敵と味方の二分法」に支配された思考は、ウソの流布という手段と、とても相性がいい。敵との戦いに勝つことが至上命題とされ、相手にダメージを与えられるなら、ウソを使ったダーティな攻撃も躊躇せずに繰り出す。
 いわゆる「ポスト・トゥルース(真実の後)」時代の恐ろしさは、ウソに対する慣れが社会の倫理観を少しずつ壊し、論理的な権力批判を無力化してしまうことにある。膨大な量のウソは、事実を変える力は持たないが、特定の事実を人々の目から隠す力を持つ。判断材料となる事実とウソが混濁すれば、論理的な批判の説得力も弱くなり、人々は事実とウソの峻別に疲れ果てて、より大胆で痛快なウソを駆使する人間を受け入れてしまう。
 こうした現象は、日本などアメリカ以外の国でも見られ、問題の根源はトランプ個人の資質ではない。トランプ大統領の誕生は、今の時代を象徴しているとも言える。
 言論の自由が保障されたはずの国で、事実に基づく論理的な批判が、政治権力者の暴走を抑制するブレーキとして、ほとんど機能しない。そんなおそろしい時代へと、世界は突入しつつあるのかもしれない。


(初出・『GQ』コンデナスト・ジャパン、2017年4月号掲載)

(c)2017, Masahiro Yamazaki. All Rights Reserved.

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